東京高等裁判所 昭和54年(行ケ)22号 判決 1982年1月28日
原告 武田薬品工業株式会社
被告 滋賀県製薬株式会社
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
「特許庁が昭和五四年一月一二日同庁昭和五一年審判第九一七七号事件についてした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
二 被告
主文同旨の判決
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
被告は、ゴシツク体で「ハイシミン」の片仮名文字を横書きし、その下にやや小さく「HISHIMIN」の欧文字を併記して成り(別紙(一)参照。)、第一類化学品、薬剤、医療補助品を指定商品とする登録第一〇七八五〇〇号の商標(登録第五一九〇六二号商標と連合する商標として、昭和三七年六月二三日登録出願、昭和四九年七月一五日設定登録、以下「本件商標」という。)の商標権者であるところ、原告は、昭和五一年八月一七日、被告を被請求人として本件商標につき登録無効の審判を請求し、昭和五一年審判第九一七七号事件として審理されたが、昭和五四年一月一二日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決がされ、その謄本は、同年一月三〇日原告に送達された。
2 審決の理由の要旨
(一) 本件商標の構成及び指定商品並びに登録までの経過は前項記載のとおりである。
(二) これに対し、請求人(原告)の引用する登録第六二三五八一号商標(以下、「引用商標」という。)は、アンチツク体風の片仮名文字「ハイシー」とセンチユリー・ボールド体風の欧文字「HICEE」を上下二段に横書きして成り(別紙(二)参照。)、第一類化学品、薬剤及び医療補助品を指定商品とし、昭和三五年商標登録願第三六八〇七号商標と連合する商標として、昭和三五年一〇月一七日に登録出願、昭和三八年八月二三日に設定登録され、その後、昭和四九年四月二三日に、商標権存続期間更新の登録がされたものである。
(三) 本件商標及び引用商標の構成は前記のとおりであるから、その外観については区別することのできる差異を有するものと認める。
次に、その称呼をみるに、本件商標は「ハイシミン」「HISHIMIN」の片仮名及び欧文字をそれぞれ同書、同大、同間隔に一連に表示して成るものであつて、これをたとえば「ハイシ」と「ミン」または「ハイ」と「シミン」に分離して観察しなければならない特段の事情を有するものとも認められないから、本件商標は、「ハイシミン」とのみ称呼される造語と判断するのが相当である。
他方、引用商標を構成する「ハイシー」「HICEE」の文字は、格別の語義を有しない造語と認められ、該文字に相応して「ハイシー」の称呼を生ずる。
そこで、本件商標より生ずる「ハイシミン」と引用商標より生ずる「ハイシー」の両称呼を対比するに、その音構成においては、前者は五音、後者は四音という差異を有するばかりでなく、語尾音において、前者は「ミン」後者は「シ」の長音「ー」(イ)という大差を有するものであるから、これらを全体に称呼する場合には、語韻語調著しく相違するものとなり、取引上彼此聴き誤まるおそれのないものといわなければならない。
また、両者は、いずれも特定の語義を有しない造語であることは前認定のとおりであるから、その観念については、比較することができない。
(四) さらに、請求人(原告)は、引用商標を商品「高単位ビタミンC製剤」に使用し、需要者の間に広く認識されているものであるから、本件商標をその指定商品に使用する場合には、商品の出所について混同を生じさせるおそれがあると主張しているが、本件商標と引用商標とは、前認定のとおり、その外観、称呼及び観念のいずれの点においても全く非類似のものであり、他に両者が取引上混淆を生ずべき特段の事情が存するともいえないから、本件商標をその指定商品に使用しても、商品の出所について混同を生ずるおそれはないものといわなければならない。
したがつて、本件商標は、商標法第四条第一項第一一号及び第一五号の規定に違反して登録されたものではないから、同法第四六条第一項の規定により無効とすることはできない。
3 審決を取消すべき事由
本件商標及び引用商標の各構成及び指定商品並びに各登録までの経緯に関する事実は争わない。
しかしながら、審決は、次の点に誤りがあり違法であるから、取消されるべきである。
(一) 本件商標と引用商標とは、外観、称呼及び観念のいずれの点においても非類似であると誤つて判断したこと(商標法第四条第一項第一一号関係)
(1) 称呼について
審決は、本件商標を「ハイシ」と「ミン」に分離して観察しなければならない特段の事情は存在しないと認定したが、これは誤りである。
(i) 引用商標の周知性
原告は、引用商標「ハイシー」を付した高単位ビタミンC製剤を、昭和三六年三月に発売し、昭和三七年六月までにおけるその販売実績は、約一五億四九〇〇万円にのぼる。
原告は、「ハイシー」の発売と同時に、その普及のために、新聞その他の媒体を通じて大規模な広告宣伝活動を行なつた。たとえば、昭和三六年三月における五段抜き新聞広告の掲載回数は、六二回である。なお、昭和三七年六月までに掲載した新聞広告において、その合計使用段数は二六六七段である。
右のような、莫大な販売実績と活発な宣伝活動の結果、引用商標「ハイシー」は、本件商標出願前、すでに、原告の販売する高単位ビタミンC製剤を示す周知の標章となつていた。
すなわち、朝日新聞広告部の調査作成にかかる「アサヒ・ブランド・リサーチ」の「全地域時系列総集編・昭和三二年~昭和四五年」(甲第一〇号証)によれば、原告商品「ハイシー」の普及率(調査対象者のうち、当該商品を持つているか、最近一か月内に使つたことがあると回答した者の比率)は、昭和三七年七月~同年九月には、東京地区において七・九%、その他の地域においても四・三~一二・六%に達していた。結局、本件商標出願の頃には、全国平均で約八・七%の人が「ハイシー」を持つていたのであり、このことは、過半数の人が「ハイシー」という商品名を知つていたことを意味する。
右のとおり、引用商標「ハイシー」は、原告の製造販売にかかる高単位ビタミンC製剤を表示する標章として、本件商標の登録出願の頃までに、取引者及び需要者の間に広く知られるに至つていた。
(ii) 本件商標の語尾「ミン」の意義について
一方、本件商標の語尾を形成する「ミン」は、薬剤の名称の語尾を形成する接尾語として極めて多用されているものである。
このことは、大修館書店発行の雑誌「言語」第六巻第一号における、著名な音声学者、柴田武の報文によれば、医薬品の名称のうち、内用薬においては一五・七%、注射薬においては一一・六%が、末尾に「ミン」を付されていることによつても明らかである。
被告は、本件商標の語尾「ミン」が薬剤の名称の語尾として慣用されていても、そのことは、引用商標との対比には無関係であるかのようにいうが、この主張は理由がない。
「ミン」が薬剤名の語尾として顕著であることは、右報文の筆者も、「日本語のなかで、『○○リン』とか、『○○○ミン』という形の語があるとすれば、まず医薬品(内用・注射薬名)だと考えて、まちがうことは少ないのではないか。」と述べている程である。すなわち、「ミン」は、薬剤を表わす形容詞的な文字ないし呼称の一種である。形容詞的文字ないし呼称を有する結合商標は、それを除いた部分が比較上の要部とされるべきものである。
(iii) 右の(i)(ii)の事実を合わせ考えれば、需要者が本件商標「ハイシミン」について、これを「ハイシ」と「ミン」の二つの部分からなる標章として認識するに至ることは明らかである。審決が分離して観察しなければならない特段の事情は存在しない、とするのは、右の事情を考慮しないことに基づくいわれのない独断である。
そうすると、本件商標と引用商標の称呼は、以下に述べるとおり類似するものである。
すなわち、「ハイシミン」の称呼においては、「シ」の音に強音アクセントを付して発音されるのが通常であるところ、強音で発音される音は、しばしば長音化して発音される傾向があるから、「シ」(SHI)を構成する母音「I」がしばしば「イー」と発音されることと相まつて、本件商標は、実際の取引に際しては「ハイシーミン」と称呼される可能性が大である。ことに、前述のとおり、引用商標「ハイシー」が周知であつたことを考慮すれば、本件商標が「ハイシーミン」とも称呼される可能性はきわめて大であるとみるのが相当である。
さらに、引用商標の「ハイシー」も、実際の取引においては、しばしば「シー」の長音が明確に発音されずに「ハイシ」に近い発音がされることがある(関西地方においては、「コーヒー」が「コーヒ」と呼ばれている。)。
右のとおり、実際の取引においては、本件商標からは「ハイシミン」または「ハイシーミン」の称呼が生じ、引用商標からは「ハイシー」または「ハイシ」の称呼が生ずる。したがつて、両者の称呼は、「ハイシ」または「ハイシー」の部分において共通する。
しかして、「ハイシミン」または「ハイシーミン」の語尾の「ミン」は、前記のとおり、医薬品の名称における慣用語尾であり、このことと、「ハイシー」が、前記のとおり周知商標であることを考慮すると、実際の取引において、両者の称呼が彼此混同されるおそれはきわめて大であり、したがつて、両者はその称呼において類似するものである。
被告は、語尾が長音の場合にそれをつめて発音することは「きわめて稀」であると主張するが、現実に同一語句の語尾を長音で発音したり、短音でつめて発音したりする場合はしばしば存在する。たとえば、「コンデンサー」と「コンデンサ」、「ローラー」と「ローラ」等、特に外来語系の語句の場合には、このような事例は枚挙にいとまがない。
語尾に限らず、中間音の場合でも、長音で表記されている部分が短かく発音され、短音で表記されている部分が、特に、その部分に強音アクセントが付される場合には長音化して発音されることがしばしばある。
右のような現象は、顕著な事実であり、このような発音慣行に照らし、「ハイシー」が「ハイシ」と発音され、「ハイシミン」が「ハイシーミン」と発音されることのあることは、きわめて明らかである。
また、被告は、発音の語勢上、「ハイシミン」は「ハイ」の直後に称呼上の段落が生じると主張しているが、造語商標の場合にどこに称呼上の段落を生じるかは、主として、耳慣れた音節がどこにあるかによつて影響を受け、語勢上の確立した法則があるわけではない。
被告の主張は、「ハイ」が、「High」に由来する耳慣れた一つのまとまつた音節であり、「ハイシミン」には、そのほかに耳慣れた音節部分は存在しないという前提に立脚しているにすぎない。むしろ、医薬においては、「ミン」が最も耳慣れた音節であり、また、「ハイシー」が周知商標である状況下においては、「ハイシー」ないし「ハイシ」も耳慣れた音節である。したがつて、「ハイシミン」を高単位ビタミンC製剤の商標として用いた場合には、耳慣れた音節である「ハイシ」と「ミン」に分けて認識されることとなり易いことは、明らかである。
さらに、被告は、「ハイシミン」は「シ」の部分に高音アクセントがあると主張するが、このことは、むしろ、「ハイシ」が「ハイシー」と発音され易い傾向を示すものであり、「ハイシミン」が「ハイシー」と非類似であることの裏付けとなりうるものではない。
(2) 観念について
本件商標も引用商標も、いずれも普通名称のごときものではない意味において、造語であることは事実である。しかし、前記のとおり引用商標の「ハイシー」は、原告の製造・販売にかかる特定の薬剤を示す著名商標である。したがつて、少なくとも、本件商標の登録出願時及び登録時においては、「ハイシー」といえば直ちに原告の製造・販売する特定のビタミンC製剤を想起する状態にあつたから、その限りにおいて、「ハイシー」は、特定の観念を有する標章というべきである。観念とは、その標章によつて想起される特定の事物現象のことであるから、普通名称のようなものではないからといつて、直ちに観念を有しない標章とすることは当を得ない。
しかして、本件商標「ハイシミン」のうち「ミン」は医薬品について慣用されている接尾語であるから、本件商標からは「医薬品」が想起されることは自然である。また、右慣用語尾の「ミン」をのぞいた「ハイシ」(この部分が「ハイシー」と発音され易いことは、前記のとおりである。)は、原告の製造、販売にかかる特定の医薬品の名称「ハイシー」と共通する。
したがつて、「ハイシー」が医薬品として著名であり、「ミン」が医薬品として周知の慣用語尾である状況下においては、本件商標によつて原告の製造・販売にかかる医薬品を想起するに至ることは自然の勢いであり、その意味において、本件商標もまた観念を有し、しかも、その観念は、引用商標と一致するのである。
右のとおり本件商標は、称呼及び観念を引用商標と共通する類似の商標というべきであるのに、審決は、これらの点においても非類似であると誤つて判断したものであり、違法である。
なお、被告は、本件商標は、被告の有する登録商標「ハイスミン」の連合商標として出願されたものであるというが、そのような事実は、本件商標と引用商標との類否には特段の関係がない。
(二) 本件商標と引用商標とは全く非類似であることを前提とし、かつ、他に両者が取引上混同を生ずべき特段の事情はないとし、その結果、本件商標を指定商品に使用しても出所について混同を生ずるおそれはないと誤つて判断したこと(商標法第四条第一項第一五号関係)
前記のとおり、本件商標は、その観念において共通し、かつ、称呼において彼此混同のおそれのある商標であり、その主たる理由は、本件商標が、著名商標「ハイシー」を想起させる「ハイシ」と、医薬品における慣用語尾である「ミン」とから成つていることにある。
試みに、甲第五号証の「価格表」に収録されている約一万点の医薬品について、語尾に「ミン」が付されている点においてのみ相違し(たとえば「アスター」と「アスタミン」)、かつ同種の薬剤について(たとえば、整腸剤)用いられている商品名を調査したところ、僅かに数例を見出しえたのみであつた。このことは、語尾に「ミン」が付されているか否かの点でのみ相違する二つの商標は、相互に混同を来し易いこと、したがつて、同種の医薬品についてはなるべく用いないようにするということが、医薬品業界における自然な認識と慣行になつていることを示すものである。
本件は、実質的にはまさに語尾に「ミン」が付されているか否かの点においてのみ相違する二つの商標の比較の問題であり、しかし、一方は特定の商品を表示するものとして著名な標章である。商標の著名性は、対比観察によつて初めて発見できるような無意味な差異を乗り越えて、出所の混同を招来し易いものである。このような商標を同一ないし同種の商品に使用すれば、相互の混同をもたらす虞れはきわめて大である。
特に、本件商標のように、仮名書き部分とローマ字部分とからなる商標については、現実の使用に際しては、仮名書き部分またはローマ字部分のいずれか一方を大きく表記し、他方を目立たないように小さく表記することがしばしば行われる。本件商標の場合においても、その現実の使用に際しては、仮名書き部分を大きく、ローマ字部分を小さく表記して、使用される可能性は大きい。このような場合には、称呼のみならず、その外観においても、本件商標と引用商標の類似の程度はますます大きくなり、したがつて、需要者が両者を混同するおそれはきわめて大である。
商標法第四条第一項第一五号における「混同を生ずるおそれ」の有無は、現実の取引における商標の使用慣行等をも考慮して判断されるべきものと解されるところ、本件商標の場合においては、現実の使用態様の点を考慮すれば、これを付した商品が原告の販売にかかる商品との誤認混同を招来するおそれは、ますます大となる可能性がある。
一般に、広く知られた商標を付した商品との誤認混同の可能性は、当然に、当該商標の知名度が高い程、また、当該商標との類似性が高い程大きくなるものであることは、いうまでもない。
すでに詳述した引用商標の知名度は、単に広く知られているという程度を超え、少なくともビタミンC製剤については著名商標の程度に達していたものと確信される。このような引用商標の著名性を前提として考えれば、「ハイシー」と「ハイシミン」との類似性の程度は、それぞれの商標を付した商品について出所の混同を生ぜしめるに十分であるといわざるをえない。
二 被告の答弁及び主張
1 請求の原因1、2の事実は、認める。
2 同3の取消事由についての主張は、争う。
審決の判断は、正当であり、原告主張のごとき違法の点はない。
3 原告の主張に対する反論
(取消事由(一)(1)について)
原告は、引用商標が高単位ビタミンC製剤を表示する標章として周知である旨主張するが、右引用商標の使用期間は、本件商標の出願日である昭和三七年六月二三日当時において約一年三か月にすぎない。この程度の使用期間では、未だ引用商標が周知になつたものと認めることはできない。また、本件商標の語尾にある「ミン」の意義について原告が主張する事実が認められるとしても単にかかる現象があるというに止まり、本件商標と引用商標との間の類否の判断の資料とすることはできない。
すなわち、原告の指摘する事実が認められるとしても、本件商標のうちの「ミン」の部分のみが区分されて認識されなければならないものではなく、かかる慣習もない。したがつて、原告主張の事実は、本件商標を「ハイシ」と「ミン」との二つの部分から成る標章として認識する根拠とはならず、原告主張の事実が存すると仮定するならば、むしろ、本件商標は分断されることなく、「ハイシミン」と一体として認識されるというべきである。
さらに、原告は、本件商標「ハイシミン」が実際の取引に関して「ハイシーミン」と発音される可能性が大であると主張するが、現実の発音は、できるだけ容易に簡単にという目的をもつて省略または変形されるものである。したがつて、本件商標のうちの「シ」なる音の位置からして、これを「シー」と長音化して発音することは、これに続く「ミ」なる音との組合わせ上、きわめて冗長かつ非現実的な発音方法であり、この点の原告の主張は、事実に反する。一方、引用商標のごとく「シ」なる音が最後部に位置する場合には、「シ」と短音で止めるより「シー」と長音的に発音する方が次の語との続き具合が容易である場合が多い。したがつて、「シー」と発音されるべきこの場合に、それが最後部に位置しながら「シ」とつめて発音されることはきわめて稀といわなければならない。
(取消事由(一)(2)について)
原告は、この点に関しても、本件商標が「ハイシ」と「ミン」とに分断されることを前提としているが、前述のごとく、原告の主張は独断の謗を免れない。
本件商標は、被告が昭和三二年六月二一日に登録出願し昭和三三年四月二四日に登録された商標「ハイスミン」(登録第五一九〇六二号、旧第一類化学品、薬剤及び医療補助品を指定商品とする。)(乙第一号証)の「ス」の語を同じサ行の「シ」の語に置換えた連合商標として出願し、登録を受けたものであり、「ハイシミン」の五字を一体とした造語であつて、何ら観念を表示するものではない。
(取消事由(二)について)
形態上、本件商標と引用商標との関係と同じようにみられる「」(商公昭二八―三〇五)と「」(商公昭三四―五四二)や、「」(商公昭二九―三〇五八)と「 エトラミン」(商公昭二九―一一五四六)などの商標がともに登録になつていることからみても、原告のこの点の主張は誤りである。
4 被告の主張
本件商標のうちの「ミン」の文字自体は、商品の普通名称あるいは品質等を表示するものでもなく、また、「ハイシ」と「ミン」のいずれか一方が他方を修飾する関係にあるものともいい難いし、さらに、「ミン」を語尾に有する商標において、「ミン」の文字を省略して称呼するという慣習もない以上、本件商標は「ハイシ」と「ミン」に分離して考察すべきではない。
一方、引用商標「ハイシー」のうち「ハイ」の部分は、「商品質」、「高単位」等を意味するものとして取引上しばしば用いられ、顕著性が乏しいものといえるが、引用商標は、全体が短い商標であること及び各構成文字が不可分一体に配列されていることから判断すると、全体を一語として理解認識されるものというべきである。
そこで、本件商標と引用商標との類否についてみると、両者の構成は前記のとおりであり、いずれも一体不可分に看取されるものであるから、外観において相紛れるおそれはなく、称呼も相異るものである。すなわち、本件商標からは、「ハイシミン」の称呼が、また、引用商標からは「ハイシー」の称呼が生じるところ、両者は、語調の関係からいずれも第二音の「イ」が軽音に響く結果、この音の直後に称呼上の段落を生じ、前者にあつては「ハイ」「シミン」、後者にあつては「ハイ」「シー」のごとく、それぞれ聴取されるものである。そして、両者をアクセントについて比較すると、前者は、後段の頭音「シ」、後者は、前段の頭音「ハ」がそれぞれ高く発音されるものであるから、両者はアクセントの生ずる位置を異にし、しかも、両者間において相違する後段の「シミン」と「シー」とを比較しても、前者には後者にない「ミン」の二音が語尾音として加えられているものであるから、この二音の有無により、「シミン」と「シー」とは、極めて単純に区別されるものである。
本件商標より生ずる「ハイシミン」の称呼と引用商標より生ずる「ハイシー」の称呼とは、それぞれ一連に発音した場合、その語韻語調を異にし、互いに混同を来すおそれは全くない。
観念の点においても、本件商標と引用商標とは、いずれも造語商標と解せられるから、相紛れることはない。
以上のとおりであるから、原告の主張は理由がない。
第三証拠関係<省略>
理由
一 請求の原因1、2の事実は、当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二号証(本件商標公報)及び乙第一号証(商標出願公告昭三二―一六五三九号商標公報)並びに弁論の全趣旨によれば、本件商標は、ゴシツク体で「ハイスミン」の片仮名文字を左横書きして成る商標(昭和三二年六月二一日登録出願、昭和三三年四月二四日設定登録)の連合商標として登録出願されたものであり、その構成は別紙(一)記載のとおりゴシツク体で「ハイシミン」の五つの片仮名文字を上段に、その下段にやや小さく「HISHIMIN」の欧文字をそれぞれ左横書きして成り、これを構成する片仮名文字及び欧文字は、それぞれの字体、大きさとも同一で、これらが等間隔に配列されていることが認められる。
二 そこで、原告主張の審決取消事由の存否について判断する。
1 審決の商標法第四条第一項第一一号に関する判断について
(一) 原告は、まず、審決が本件商標を、称呼において、「ハイシ」と「ミン」に分離して観察しなければならない特段の事情は存在しないと認定したのは誤りであるとし、引用商標である「ハイシー」が高単位ビタミンC製剤の標章として周知であること、本件商標の語尾を形成する「ミン」の部分が薬剤の名称語尾としてありふれたものであることなどを根拠に、需要者においては、本件商標を「ハイシ」と「ミン」との二つの構成部分から成る標章として認識することは明らかである旨主張する。
成立に争いのない甲第四号証及び第五号証によれば、内用薬や注射薬の名称には、末尾が「リン」や「ミン」で終るものが多いことが窺われるが、「リン」や「ミン」がそれ自体独立した意味もしくは観念を有するものと認めるに足りる資料はなく、その点及び本件商標が「ハイシミン」とわずかに五音から成るものであるところからすれば、本件商標は、一連不可欠に呼称されるものと認められ、これを「ハイシ」と「ミン」とに分離して観察されるべきものとする特段の事情はない。また、後出2において認定するごとく、原告が高単位ビタミンC製剤に引用商標「ハイシー」を付して、大規模な宣伝販売活動をした結果、本件商標の登録出願の日前に、引用商標が需要者にも広く知られるに至っていた事実が認められるが、そうだからといって、需要者が本件商標を「ハイシ」と「ミン」との二つの部分に分断して認識理解するものということはできない。
右のとおりであって、本件商標が「ハイシ」と「ミン」との二つの部分から成る標章として認識される旨の原告の主張は採用できない。
(二) 原告は、また、本件商標「ハイシミン」の称呼においては、「シ」の音に強音アクセントを付して発音されるのが通常であるところ、強音で発音される音は、しばしば長音化して発音される傾向があるから、「シ」を構成する母音「I」がしばしば「イー」と発音され、ことに、引用商標「ハイシー」が周知であったことを考慮すれば、本件商標は実際の取引に際しては、「ハイシーミン」と称呼される可能性が大であり、右称呼のうち、「ハイシー」の部分は、引用商標「ハイシー」と称呼において共通するから、両商標は称呼において類似する旨主張する。
しかしながら、「ハイシミン」が「ハイシーミン」と称呼されることが絶無ではないとしても、そのように称呼することはきわめて不自然であり、一般には文字どおり「ハイシミン」と発音されるものと認むべきであり、原告の右の点の主張は採用できない。
原告は、さらに、引用商標の「ハイシー」も、実際の取引においては、しばしば「シー」の長音が明確に発音されずに「ハイシ」に近い発音がされることがあり、その場合、引用商標の「ハイシミン」の称呼から生ずる「ハイシ」の部分において称呼が共通し、本件商標と引用商標とは称呼において類似する旨主張する。
しかしながら、「ハイシー」が「ハイシ」と発音される場合があるとしても、「ハイシー」と「ー」の長音記号が付されている以上、「ハイシー」にその標記どおり「ハイシー」と発音されるのが一般であると認められるのみならず、「ハイシー」が「ハイシ」と発音され、本件商標から生ずる称呼「ハイシミン」のうちの「ハイシ」の部分と称呼において共通するものとしても、本件商標は「ハイシミン」と一連に称呼され「ハイシ」と「ミン」とに分断して観察されるものでないこと前認定のとおりであるから、称呼において共通する部分があるとしても、本件商標と引用商標とが称呼において類似するものとすることはできない。原告の主張は理由がない。
(三) 本件商標及び引用商標についての以上の検討から明らかなごとく、両者は、外観において差異があり、かつまた、ともに特定の具体的な観念を生じない造語であるから、結局、本件商標は、商標法第四条第一項第一一号にいう類似する商標ということはできない。
この点の審決の判断は正当であつて、原告主張のごとき違法の点はない。
なお、原告は、需要者にとつては、本件商標「ハイシミン」も、引用商標「ハイシー」もともに、原告の製造販売にかかる特定の薬剤を示すものとして理解されるから、その意味において両者の観念は一致する旨主張するが、前述のとおり、本件商標「ハイシミン」は、一連不可分の造語商標であり、全体として自他商品識別機能を発揮するものとみられ、原告が主張するごとく「ハイシ」と「ミン」とに分離され、それぞれの構成部分が独立して認識理解されるものではないところから、本件商標から原告がいうように原告の製造販売にかかる特定の薬剤を想起させるものとはいえず、その点からしても、原告のいう意味の観念においても、本件商標が引用商標と観念を共通にするものとはいえない。
2 次に、原告は本件商標を指定商品に使用しても出所について混同を生ずるおそれはないとした審決の判断が誤りである旨主張する。
成立に争いのない甲第九号証の一ないし三七(朝日新聞縮刷版)、甲第一〇号証(アサヒ・ブランド・リサーチ全地域時系列総集編)、甲第一一号証(「スター商品の戦い」)、甲第二〇号証の一ないし三九(毎日新聞縮刷版)、甲第二一号証の一ないし四五(読売新聞縮刷版)、甲第二二号証の一ないし三五(中部日本新聞縮刷版)及び証人守田祐二の証言並びにこれにより真正に成立したものと認める甲第六号証の一(証明書)、同第七、第八号証(各証明書)、同第一五号証の二(宣伝実績総括表―ハイシー分)を総合すると、原告は、昭和三六年三月、「ハイシー」の名称でビタミンCを基材とした錠剤の発売を開始して以来、一般新聞、テレビ広告、ラジオ広告などの宣伝媒体を用いて「シミ、そばかす、日やけにハイシー」などの宣伝文句で繰り返えし、強力ビタミンC製剤の宣伝に努め、本件商標の登録出願された昭和三七年六月二三日当時には、当初(昭和三六年三月)の月間六六〇〇万円の販売実績から一億九一〇〇万円(昭和三七年六月分)の販売実績をみるに至り、また、一般世帯の手持商品調査においても、昭和三七年七月には、ビタミンC剤を所持している世帯中で商品「ハイシー」が七・九%(東京地区)の普及率を示しているところからして、昭和三七年六月当時すでに「ハイシー」なる名称は、原告が製造販売するビタミンC製剤の商品名として需要者間に周知なものとなつていたものと認められる。
しかしながら、前記認定のごとく、本件商標は、「ハイシミン」なる五つの片仮名文字が一体不可分に結合した造語と認識理解するのがきわめて自然であり、かつ、これを引用商標と対比した場合にも、その構成自体に前認定のごとき顕著な差異があるのであるから、「ハイシー」なる商品がビタミンC製剤として周知である薬剤の取引界にあつて、被告がこれを指定商品「薬剤」に付して使用した場合に、右認定のごとき引用商標の使用態様(引用商標の構成のうち下段の欧文字は付されず、「ハイシー」なる片仮名文字の部分のみが表示として多く使われていることが、前掲証拠上明らかである。)や「ハイシー」なる商品名が周知なものであることを勘案しても、取引者もしくは需要者が、これを原告の製造販売にかかる商品と誤認混同するおそれがあるとはいえないとみるべきである。
この点については、原告は、本件商標の構成には、著名商標「ハイシー」を想起させる「ハイシ」の構成があり、「ミン」部分も医薬品の名称に慣用される語尾であるから、「混合を生ずるおそれ」がある旨主張するが、本件商標が前叙のとおり一体不可分の造語商標であり、かつ、構成自体に顕著な差異が認められることを考えると、需要者が、たとえば薬屋の店先で「ハイシミン」なる商標が付された薬剤に接した場合にも、これを原告の製造販売にかかる「ハイシー」なるビタミンC製剤のシリーズ商品もしくは姉妹商品として認識するおそれはないものとみるのが相当である。原告の主張するところは、結局、本件商標「ハイシミン」が、著名商標である「ハイシー」を取り込んだ構成のものであると需要者に認識されることを前提としているものと解されるが、本件商標が、原告主張のごとく「ハイシ」と「ミン」とに分断して認識理解されるものでないことは、すでに述べたとおりであるから、その主張は採用できない。
以上のとおり、原告の指摘する取引の実情に即して判断しても、本件商標が商標法第四条第一項第一五号にいう「他人の業務に係る商品と混同を生ずるおそれがある商標」とすることはできない。
したがつて、本件商標をその指定商品に使用しても商品の出所について混同の生ずるおそれはないものとした審決の判断は正当であり、この点の原告の主張は採用できない。
3 以上の検討から明らかなとおり、本件商標が商標法第四条第一項第一一号及び第一五号の規定に違反して登録されたものでないとした審決の判断は、正当であり、違法の点はない。
三 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 荒木秀一 高林克巳 舟橋定之)
別紙(一)
別紙(二)